複数拠点勤務の通勤手当|実務的な支給パターンと運用上の注意点

複数の支店がある企業で「月曜・水曜・金曜はA支店、火曜と木曜はB支店」と日によって勤務地が変わる従業員も珍しくはありません。
そうした働き方の従業員に対しては「通勤手当はどう処理すべきか」と悩む人事労務担当者もいらっしゃるでしょう。
本記事では、複数拠点勤務における通勤手当の実務的な支給方法と注意点を解説します。
目次[非表示]
複数拠点における通勤手当の基本的な考え方
複数の拠点で勤務する従業員がいる場合、通勤手当の扱いは通常のケースと異なる点に注意が必要です。まずは複数拠点における通勤手当の基本的な考え方を紹介します。
各拠点の勤務が不定期か定期的かで扱いが変わる
複数拠点への通勤手当は、その移動が不定期(応援・出張など)なのか定期的(シフト勤務など)なのかによって、旅費交通費になるか通勤手当になるかが変わります。
例えば、主たる勤務地があり、臨時で各拠点に応援に行く場合は各拠点への移動は「業務目的の移動」となります。
主たる勤務地とは、従業員が最も多く勤務する拠点のことです。複数拠点で勤務する場合であっても基本的には、従業員の「主たる勤務地」を定めます。
そして「主たる勤務地以外の拠点」への移動は、原則として業務上の移動とみなされるのが一般的です。
そのため、「主たる勤務地」の交通費は通勤手当、「主たる勤務地以外の拠点」は旅費交通費となるのが一般的です。
一方、シフト勤務で定期的に各拠点に移動する場合は、各拠点各拠点への移動は「通勤目的」であるため、移動はすべて「通勤手当」で支払うということになります。
所得税の考え方
通勤手当の所得税の考え方は支給方法によって異なります。主たる勤務地のみを「通勤」とする場合、その経路の定期代などは通勤手当として扱われます。
また、複数拠点で勤務する場合の通勤手当の基本的な考え方は、国税庁の「数か所に勤務する者に支給する通勤費」に示されています。
国税庁では、「A営業所に月10日、B営業所に月10日、C営業所に月5日」のように1ヶ月の間に複数の事業所へ勤務する従業員に対し、それぞれの営業所への通勤費の実費を支給するケースが示されています。このように主たる勤務地が特定されていない場合には、各営業所までの移動はそれぞれ「通勤」として取り扱われます。(後述の解説参照)
この場合「各営業所等への通勤日数に応じた運賃の合計額」を1ヶ月あたりの通勤手当として捉え、その合計額に基づいて非課税限度額を計算することになります。
したがって、複数拠点への通勤であっても公共交通機関を利用しているのであれば、原則として月15万円の非課税限度額の範囲内であれば所得税は非課税扱いとなります。
参考:国税庁「数か所に勤務する者に支給する通勤費」
社会保険の考え方
複数拠点における通勤手当は、通常の通勤手当と同様に社会保険料(健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料)の算定基礎となる「報酬」になります。
そのため、各拠点を通勤として通勤手当を支払っている場合は、各拠点の合計額を社会保険の報酬として計算します。
ただし、旅費交通費として支給した交通費は社会保険の報酬の対象になりません。
勤務パターン別の具体例|複数拠点の通勤手当の取り扱い
複数拠点の通勤手当の取り扱いは状況によって異なります。ここでは、代表的な以下3つの勤務パターンを挙げ、それぞれの交通費に関する適切な取り扱い方法を詳しく解説します。
- 不定期に他の事業所に応援や出張に行く場合
- 定期的に複数拠点に通勤している場合
- 定額で支給している場合
不定期に他の事業所に応援や出張に行く場合
普段の勤務地は決まっているものの、業務の都合で不定期または臨時的に他の事業所や訪問先へ赴くパターンです。例えば、他の店舗応援や会議への出席、短期の出張などが考えられます。
不定期にさまざまな目的で発生する交通費は「旅費交通費」として処理するのが一般的です。
その理由は、発生した費用が労働の対価(給与)ではなく、あくまで会社が業務を遂行するために必要な経費の一時的な立て替えと解釈するためです。
「旅費交通費」のように実費弁償として扱われる費用は、給与や報酬とはみなされません。そのため、所得税は非課税となり、社会保険料の算定基礎にも含まれないことになります。
定期的に複数拠点に通勤している場合
特定の曜日や週ごとにあらかじめ決められた複数の事業所へ通うパターンです。「月曜と水曜はA支店へ、火曜・木曜・金曜はB支店へ」といった勤務スケジュールが固定されている場合が該当します。
このようなケースでは、両方の拠点が勤務地となります。そのため、それぞれの拠点へ向かうために発生する交通費は、どちらも「通勤手当」として支給します。
税務上の取り扱いとしては、公共交通機関を利用して通う場合は月額15万円の非課税限度額が設定されています。支給する通勤手当の合計額が限度額以内であれば、従業員の所得税は非課税となります。
また社会保険については、前述のとおり一般的な通勤手当と同様に「報酬」として扱われます。そのため、社会保険料を計算する際の算定基礎(標準報酬月額)には、すべての拠点に支給する通勤手当の合計額を報酬として含める必要があります。
定額で支給している場合
実費とは関係なく、一律の金額を「交通費」として定額で通勤手当を支給しているケースもあるでしょう。
定額で支給している場合は、実際の交通費を上回る金額が支給されていると、上回った金額は「通勤手当」ではなく「給与」と判断される可能性があります。
もし、税務調査などで「給与である」と認定された場合は課税対象となり、遡って所得税の対象となる可能性があるため、注意が必要です。
複数拠点勤務の通勤手当における実務上の注意点
複数の拠点で勤務する従業員への通勤手当を適切に処理するためには、ルールの設計と運用管理が大切です。ここでは、実務で直面しやすい「支給方法」と「運用上の注意点」に分けて、具体的なポイントを解説します。
支給方法
複数拠点勤務の通勤手当を設計する上で最も重要なのは、実態に基づいて支給ルールを決定することです。実務上の選択肢として、一般的に以下の3つの方法が考えられます。
1.「主たる勤務地の定期代」と「他拠点への実費精算」を組み合わせる方法
従業員にも管理者にも比較的理解しやすい運用方法として、「主たる勤務地の定期代」と「それ以外の実費精算」を組み合わせる方式があります。
具体的な運用としては、まず従業員ごとに最も利用頻度が高い事業所を「主たる勤務地」として正式に設定します。会社は「主たる勤務地」までの合理的な通勤経路にかかる1ヶ月分(または3ヶ月・6ヶ月分)の定期券代を通勤手当として固定で支給します。
そして、業務命令によって主たる勤務地から他の拠点へ移動する場合や自宅から主たる勤務地以外の拠点へ直接出勤(直行)する場合には、その都度発生した交通費を旅費交通費(出張費など)として別途精算し、支給する形をとります。
ただし、主たる勤務地以外への訪問頻度が高い場合は、その都度の実費精算が煩雑になる可能性があります。その場合は、定期代の支給を見直し、主たる勤務地への通勤手当も実費精算に切り替えるなどの柔軟な対応が求められることも想定されます。
2.基準額を設定して支給
会社独自の支給基準を設けて運用する方法もあります。例えば、従業員の自宅から最も近い拠点であるA支店までの定期代を基準額として支給し、その上でB支店へ出勤した際は基準額(A支店までの定期代)でカバーできない区間の実費との差額を追加で支給するといったルールが考えられます。
例えば、A支店までの定期代(2万円)を毎月支給し、それより遠いB支店(交通費往復1,500円)へ行った日だけ、A支店分との差額(または全額)を精算して支給するという支払い方法です。
ただし、従業員にとって分かりにくく、かつ管理者の計算ミスが発生しやすくなる可能性もあります。どの従業員にも公平に適用できる明確な基準設定が求められます。
3.実費精算
実費精算は、従業員が各拠点へ出勤した日数と自宅から各拠点までの往復運賃を日々記録し、1ヶ月分の合計額を「通勤手当」として支給します。
勤務の実態に合わせて支給しているため、過払いや実態との乖離を最小限に抑えられます。
一方で、管理者は全員分の勤怠を集計し、運賃を確認・計算する作業が毎月発生するため、事務負担が大きくなる可能性があります。
運用上の注意点
複数拠点で勤務する従業員への通勤手当を運用する際は、トラブル防止と公平性の観点から、支給基準(計算方法、上限額など)は、就業規則または賃金規程に明記することが求められます。
規定に明記する際の注意点としては、実態とは関係なく「複数拠点勤務手当」といった名目で一律の定額で支給すると定めた場合、通勤手当かのどうかの判断が曖昧になる点です。その場合、通勤手当ではなく「給与の一部」とみなされる可能性があります。
「給与」と判断された場合は、通勤手当とはならず所得税の非課税枠が適用されないため、就業規則や賃金規程で手当の支給方法や基準などを明確にしておきましょう。
まとめ:複数拠点勤務の通勤手当は実態に応じたルール整備を
複数拠点で勤務する従業員の通勤手当は、処理が複雑になります。実費精算や定期代と実費の組み合わせなど、企業で支給ルールを定め、就業規則に明記し、適切な運用を行いましょう。
しかし、複雑な管理をExcel等の手作業で行うのは限界があります。システムによる自動化も検討しましょう。
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